2008年07月12日

Navajo(ナバホ通信)3

2週間ぶりの休暇です。

Fire Fighting の仕事では最長12日働いた後、
最短2日間の休みが義務付けられています。
ここでの仕事が始まって、ばたばたとして居るうちに、
休日が来て、 Albuquerquer(アルバカーキー)と言う、
New Mexico 州の街へ出かけて、羽を伸ばしてきました。
ここ Window Rock とは違い大規模な都市で、
普通のアメリカの街に有るものは、何でも有る感じでした。
レストランも Window Rock では90%がメキシカン・レストランで、
あとは数軒のアメリカンや Chinese だけなのですが、
アルバカーキーには日本食のレストランも数軒あります。
標高も少し低く大都市の為、
気温がかなり高くて、短時間でも車を止めておくと、
すぐにサウナ状態になります。
アルバカーキにはOld Town と呼ばれる、
アメリカで最も古い街があり、
まだスペイン統治下だった頃の趣が強く残ってて、
なかなか興味のある街でした。
中でも中心にある San Felipe 寺院が、
以前訪れたスペインの物と同じ雰囲気でとても奇麗でした。
すぐ側には博物館や美術館等があり、
ナバホ族を中心としたインディアン達の歴史や、
恐竜の化石等が展示してあり、とても有意義な休日を過ごせました。

また、アルバカーキーから北へ30分位の所には、
宮沢リエの写真集(古いな~)で有名になったサンタフェの町も有ります。
こちらはまさにスペインっと言った感じの街並みで、
やはり中心はスペインからのカソリックの寺院でした。
サンタフェは山の中腹に位置している為、
大きな木が街中いたる所に茂り、
とても砂漠地帯の真ん中に居る様な雰囲気がしませんでした。

観光を終え一路アルバカーキーのホテルまで戻り、
日本の食材を買い求めに街中へ向ったのですが、
韓国系の経営のストアーしかなく、
品物がインスタント物や缶詰類しか無く、
ハワイに住んでいる自分にしてみると、
かなり貧弱な品揃えでしたね。
やはり日本人が殆ど居ないので、しょうがないですね。
実際にはホテルで電子レンジしかない生活なので、
色々有っても買え無いのですが。

夕飯はSamuraiと言う寿司屋さんに行き、
久しぶりに日本人と会話しました。
インディアンの板さんも居ましたが、
日本人の板さんの前に座り、
サッポロビールと旨い寿司で久々の大満足でした。

今回も時間が無かったので、余りリサーチが出来無かったのですが、
次回は、しっかり下調べして色々回ろうかと思っています。


2008年06月28日

Navajo(ナバホ)通信2

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ついに、消火活動やってきました!

今までスタンバイが殆どで、
数回のパトロールと消防隊員との合同訓練訓練だけだったのですが、
ついに山火事が起こりました。
休暇から帰ってもう一度訓練を行う予定でしたが、
いきなり大規模な火災で本番を迎えました。
最初は規模が小さい火災だったのですが、
強風や、急斜面、極度の乾燥状態等のせいで、一気に燃え広がり、
初日で180エーカー(1エーカー=約64m四方)、2日目で60エーカーを消失し、
やっと鎮火しました。
Helitack(航空消防隊かな?)だけでは間に合わず、
近辺の消防署やヴォランティアまで、約80名ほど動員し、
5日も掛かりました。
食堂、トイレ、宿泊施設、臨時へリポートまである、
大(中かな?)規模なHeli Baseを設定し、毎日食事の輸送なども行いました。
実際の消火活動では、かなり煙がすごく、
上空は勿論、地上の火災現場も視界が殆ど無い状態での活動でした。
訓練とは違って、火災からの熱で気流がかなり悪く、
また高度、温度、が高い為、ヘリの能力がかなり落ち、
時には高度を保てなくなったり、
気流が悪く、作業の続行が不能になったりと、
機体と自分の限界を見極めながらの飛行でした。
時には機体の限界を超えて、何とか脱出するような事も有りました。
また散水用の水源地が切り立った崖のすぐ後ろに有った為、
気流が悪く、また標高も4,000m近かったので、
水を汲んだバケツを、持ち上げられない事が何度もありました。
初日は、消防隊員に水を掛けたり、
バケツが木に当たったり(内緒です!)、
火力の強いところに散水して、地上に届く前に蒸発してしまったり、
無線の指示が理解出来ず(ナバホ族なんでかなりアクセントが強いんです)、
燃え盛る火の上でウロウロしたり等、
色々ミスをしましたが、
毎日少しずつ仕事に慣れ、技量が上がっていくのが自分でも分かりました。
でも、まだまだ遅いですね。
速さと正確さをもっと上げなければなりませんね。

今日は全ての火事がコントロールされてる状態なので、
新しい火災が起きるまではスタンバイ状態です。
朝は煙と煤で汚れた機体の掃除と、
読み残した本の始末ですね。
こんな日がいつまで続くのか、、、
隊員たちは皆
”もうすぐ休み無しで、毎日数箇所の現場を駆け巡るようになるぞ”
って言っています。
多い時は一日で9箇所の火災現場に行く事も有るそうです。
それまで少しスペイン語の勉強でもしますかね。

2008年06月20日

Fire Fighting

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久しぶりのBlogです。
今年の3月にFire Fighting の仕事が決まってYutahで訓練と試験を行いました。
2種類の機体で4つの試験を無事に終え、晴れて長年の夢だった防災の仕事に就けました。
仕事の内容は、Initial Atack と言って,いわゆる初動です。
火事が起こると消防隊員と一緒に現場に飛行し、
火災の状況や大きさ等の分析、消火方法の決定、
臨時離着陸場や散水用の水源の選定、等を行った後、
地上に消防士を降ろし、後はひたすらヘリで水を汲んでは散水を行う作業です。
時には様々な機材や物資などの吊り下げ輸送の作業もあります。
とにかくバラエティーに富んだ仕事で、
いつどこで何をするか全く予想できない仕事で、毎日がChallengeの連続です。
今の現場はアリゾナ州のWindow Rockと言う、ナバホ・インディアンの首都で、
非常に乾燥したHigh Desertと言う気候帯の砂漠地帯です。
サラサラの砂の砂漠ではなく、
西部劇などで出てくる赤い岩と枯れ草があるそんなところで、
居留地をインディアン達と一緒に守っています。
乾燥しているので雲ひとつ無い空が毎日続き、
空気の透明度がすごく高く、今まで自分が見た空の中で、
ここの空の青さは多分世界一ですね。
ハワイの空も綺麗なのですが、湿度が有るのとKilauea火山からのガスで、
多少もやが掛かった状態がよく有ります。
特に最近は火山活動がかなり活発で、
真っ赤に解けた溶岩や大量のガスが吹き出ています。

実は3月に仕事が決まった時と試験に受かった時、
Blogを更新しようと思っていたのですが、
自分の技量に納得がいかず、つい更新する気に成れませんでした。
Arizonaの前にもMichiganのCadellacとう言う所で消火活動を仕事をし、
消防員からの評価は良く、TVや新聞などでも取り上げられたのですが、
どうしても自分では納得できない技量で、
少し残念でした。
もっと上手く、そして早くなければ役に立たないし、
一流にはなれない、そんな思いで今日までひっぱて来てしまいました。
3年目で消防に就けると思っててやってきたのですが、
1年早くこの仕事に就いて嬉しい反面、まだまだ難しいですね。
”石に上にも3年”って言いますが、
この夢を実現するのに19年も掛かってしまいました。
でも、まだまだ始まったばかり。
修行は当分続くでしょうね。

写真:ナバホ・インディアンの首都Window Rockは、風化によって出来た大きな穴の   有る岩から名付けられ、この岩はナバホ族の象徴になっています。

2008年01月22日

Airline Transport Pilot

実は数日前、ワシントン州のシアトルで ATP, Airline Transport Pilot と言う、
航空では最高の資格を取得してきました。
定期飛行、つまり出発地、到着地、スケジュールが決まっている飛行を行うのに必要な免許です。
簡単に言うと、JAL さんやANAさん等の機長さん達が持っている資格です。
単純にこの資格があればボーイング747等のジャンボ・ジェットが飛べるということでは有りませんが、
無ければ機長にはなれません。
実際にはヘリのオペレーションで定期飛行を行っている会社は、
世界中でも殆ど無く、この資格そのものはオペレーションには必要は有りません。
しかしヘリの全ての資格と技術を取得し、ヘリを極めたいと言う自分のプライドの為に取りました。
実は10年ほど前ATPの訓練をしていたのですが、
ハワイの仕事が決まって引っ越してしまったのと、
当時のハワイにはATPの訓練と試験に使える機体が無く、
そのまま尻切れトンボになっていました。
それが去年の夏、世界中を回りヘリの仕事でやったことが無いと言うパイロットに出会い、
その人に言われました。
‘フリーランスになって世界中を飛びたいなら、ATP を取れ。そうすれば世界中のドアが開くぞ!‘
その言葉を聞き一気にチャレンジ精神が燃え上がりました。
‘必ずATP を取り、ファイヤー・ファイター・パイロットになり、そして世界中でレスキュウ活動をやるぞ。‘
実は2年前に、スペインで消火活動をするパイロットの募集広告を見ました。
それ以来自分の究極の夢は、スペインでの救助活動に参加する事に成っていました。
その為スペイン本土にも行き、マウイではスペイン語の授業も受けました。
去年の秋には資格取得の勉強を始める予定だったのですが、
トラブルがあった為、2週間前にようやく筆記試験の準備が始められました。
経験や実地はほぼ問題無いと言う状態でしたが、
さすがに筆記は10年間で殆ど忘れていて、ゼロから勉強し直しでした。
計器飛行の問題を中心にかなりの広範囲をカバーし無ければならないので、
新しいことを覚え最後まで行くと、最初のところは忘れているっと言った感じでした。
筆記試験は80問の問題を3時間掛けて答える試験でしたが、
結果は95点で無事合格、実地もしっかりこなして、晴れて無事 ATP パイロットになりました!
これからはこの資格を記載した履歴書をそこらじゅうに送って、
就職活動にどう反映してくるか見てみたいですね。
今年はもうすでに何社からは仕事のオファーが来ており、
アラスカでも間違いなく仕事はありそうです。
3年計画で考えていたのですが、
もしかしたら今年一年早く、長年の夢がついに実現するかもしれません。


アラスカからの帰還

皆さん、大変ご無沙汰しておりました、
アラスカでの修行が無事終わり、ハワイと日本に帰ってしばらく休養しておりました。
そんな折、身内の事故でかなり振り回され、久々の投稿です!
アラスカはやはり聞きしに勝る凄いところですね。
とにかく広い!
長い時では5時間飛び続けても、建物や道路、もちろん人間など全く見ないということも有り、
気候も夏の真っ盛りから冬の積雪まで、僅か5ヶ月で見てきました。
幸いアラスカの極寒の真冬は経験しなくてよかったのですが、
会社からはこのまま引き続き冬も飛んで欲しい旨リクエストされました。
でも勿論断って、ハワイに帰ってきました!
しかし実は帰って早々ハワイ島ヒロに出張ではまり、
その上運悪く低気圧が停滞し、2週間雨の中で飛び続けました。
今は火山活動がかなり激しく、10年間の僕の経験の中では、
トップ3に入る規模で溶岩が流れ出てきているんではないかと思います。
天気も悪かったので、逆に溶岩が流れる様子がより鮮明に見えて、
お客様からは非常に好評を頂きました。
また先週マウイで久しぶりの飛行をし、仕事帰りには青空の下ゴルフを回るという、
究極のハワイアン・ライフも久々に満喫できました!
もうすでに何千回と同じツアーをやっているのですが、
それでもハワイの空は、何度飛んでも美しくて感動しますね!
特にウェスト・マウイの渓谷の中では、久しぶりに目に涙が浮かぶほどの感動でした。
Ukumehame 渓谷から Iao 渓谷に入る時、渓谷に葬られている Mana(ハワイの酋長たちの魂)に、
この夏の修行の大成と無事、そしてこの美しいハワイでまた飛行できることを感謝し祈りを捧げました。
そしてその時、また何時もの様に全身に鳥肌が立ち、髪の毛も逆立ちました。
Mana が僕の魂に触れ、答えてくれて、そして帰ってきた僕をまた受け入れてくれているのだと、
勝手に解釈しながら感謝しつつベースに戻っていきました。
(単に感動してアドレナリンが出た為の生体反応だと殆どの人は言いますけど)
空港の管制官達や他社のパイロット達も皆、無線でお帰りと言ってくれました。
やはりホームタウン、ハワイは最高ですね。
でも、もうまた本土への資格取得の旅と、次の夏の第二の修行の為の就職活動が始まりました。
早く全部終わらせて、またハワイの空と海を楽しみたいですね。
アラスカでの日々は天候、自然環境、飛行内容、生活等すべてが極限に近く、ものすごく大変でした。
舌が痺れて喋れなくなるほどの寒さの中での作業や、
雪が降りしきり地面も空も全て真っ白なホワイト・アウト寸前での飛行、
真夜中の山岳救助、
無線や途中での燃料給油が無い、ツンドラでのワンウェイ・フライト、
数々の全く経験したことの無い作業、
全てったった一人と一機のヘリで毎日戦ってやって来ました。
でも、毎日自分が確実に技術を取得し伸ばしているのが分かり、
非常に嬉しかったのも事実です。
今年もまた修行を積んで、時にはまた痺れるような恐怖と戦い、
達成感と充実感を味わいたいです。
そして一日も早く世界に進出できる一流パイロットになりたいですね。

2007年09月18日

アラスカ通信#5

昨日(9月16日)ついに初雪が降りました!
今まで現場の周りの山々の山頂では雪が積もり始めていましたが、
ついに現場の山にまで雪が迫ってきました。
気温は摂氏1度くらいでそんなに低くは無いのですが、
低い雲が垂れ込め風が強い為、体感温度はかなり寒かったです。
作業中も地上員は遮蔽物が全く無い現場だったので、
自分が荷物を運んでくる間は荷物の影に身を隠して震え、
そんな中で自分はヘリのドアを外して上半身を突き出しながら5時間の作業でした。
作業中無線で細かい指示やリクエストが来るのですが、
口と顎がかじかんで殆ど喋れ無く、
無線のスイッチを2回押して了解の旨伝えるのが精一杯と言った感じです。
天候はドンドン落ちて行き、最後には吹雪になって、
作業を中止して地上員を引き上げて逃げ帰ってきました。
さすがアラスカですね!
日本ではまだまだ暑くてクーラー全開だというのに、
9月半ばで雪が降っています。
そして夕飯は今まで待ちに待っていた、ムースとカリブのステーキでした。
ムースもカリブもどちらも鹿の一種で、どちらも角が毎年生え替わり、
カリブは鹿の中では唯一メスにも角が生えます。
今までジャーキーやソーセージ等で食べたことはあったのですが、
素材の味が分かるステーキは初めてでした。
多少の不安を抱えつつ食して見ましたが、以外に臭みは無かったです。
少し固めと聞いていたのですが、しっかりと叩いてあった為か、
牛のヒレミニヨンの様な食感でした。
おそらく何も言われずに提供されたら、牛肉と思って食べたでしょう。
カリブは少しだけ癖がありますので、
どちらかといえばムースのほうが好きですね。
でもこのムース、獲ってきた時とさばいてる時をしっかり見ているんですよね~!
可愛そうですが無駄にせづ、みんなで感謝して食べたんで許してくれるでしょうね。
カナダからのインディアン達は非常に喜んで、
明日の朝食と昼のサンドイッチでも使ってくれってリクエストし、
現場監督は2キロほど真空パックになった生肉を、
シーズン終了時に分けてもらうと喜んでいました。
では、また。

2007年08月28日

アラスカ通信 #4

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先月からついに本番の仕事が始まりました。
30mのワイヤーを使った吊り下げ作業です。
アラスカの山の中での作業で、毎日作業員やたくさんの物資を吊り下げて輸送します。
そしてハイライトは、掘削用の重機を分解して輸送する作業です。
一つ一つのパーツが結構重く、重いものでは1トン近くもあります。
それらを新しい現場に移動し、また組み立てるのですが、
吊り下げている間に地上員がボルトを止めて組み立てていきます。
1cmもずれるとはまらなくなる為、非常に精度の高いコントロールが必要になります。
まー、10階のベランダからワイヤーを垂らして、
地面ギリギリのところで数センチの仕事をすると言ったところです。
それにビルは動きませんが、ヘリやワイヤーや重機全て風で揺れますので、
それに対する操作も必要になります。
操縦は、頭を腰のすぐ上くらいまで落とし45度くらい後ろを向いてヘリから頭を出すと言う、
かなり極端な姿勢で行っています。
最初はかなり難しかったですが、最近はだいぶ慣れました。
またちょっとのミスでも地上員が負傷したり、最悪死亡事故にもなりますので、
プレッシャーはかなり高く、体中がガチガチになって仕事していますね。
実際一日中この作業をすると、地上に降りてからは頭がほとんど真っ白になります。
まだまだ修行が足りませんね。
日本はかなり暑いみたいですが、こっちらはもう冬に成りつつあります。
もう霜が降り始めてきて、朝は零下になる事も有り、紅葉も始まりました。
もうシーズンの終わりが見えてきて、
最初の頃有った未体験な事へのナーバスな感じはもう無く、
達成感が少しずつ感じる様になってきました。
後はシーズン終わりまで、どこまで技量を伸ばせるかという事と、
悪天候との勝負ですね。
では、私は風邪を引かないように、
皆さんは熱中症に気をつけてください。